2008.11.16

秋の京都

ちょうど良い季節になってきたので、土曜日に朝早く起きられたら、京都にちょっと紅葉を見に出かけることにした。
秋の京都は観光客で賑やかなので、落ち着いて観るには、兎に角「寺は朝」。昼前には客先の担当者と昼食の約束もあったからだけど。

何とか起きれた様子。少し曇り気味の天気だったけど、紅葉を観るには、タイミングも大事。

名神京都南から京都市街を西大路経由で西北へ。土曜の朝のおかげで、車も比較的スムーズに流れていく。

いつも行っている鷹峯へ。



大きな地図で見る

光悦寺に到着。

08111501

駐車場にクルマを入れて、ドアを開けると、いい感じの身頃になっていた。写真はエントランスの小路。
この寺は北側の門から南に向かって、奥へ進むに従って、山の斜面を下がっていく。ちょっと不思議な感覚だ。


08111502

鷹峯の山々もクッキリ。やぱし寺は朝だなぁ。


08111503

有名な光悦垣。今年の紅葉はキレイ。



大きな地図で見る

クルマをそのままにして、近所の源光庵にも寄ってきた。

08111504

ここはJRのポスターなんかにもよく出る、有名どころ。オフシーズンの朝なんかは、ホントにいいかんじなんだが。


08111505

ここは少し(見頃には)早かったみたいだ。いつも通り、朝からお香を焚いてくれている。


08111506

こちらは残念ながら、観光ツアーの皆さんと遭遇。有名な「悟りの窓」は大人気のご様子。


08111507

今年は思い切って出てきて正解だった。さて、すぐ大阪に戻らないと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.09

鳥取県若桜町


これも少し前の話。

突然思い立って、ゆかりのある人以外は誰も知らない(かもしれない)鳥取の東南の端、若桜へ出かけた。

中国道を山崎で降りて、ひたすら北へ。スキー場が多いらしく、冬はにぎわいそうだ。

2008032901

特にコレといったモノもなさげな、普通の田舎の町という感じだが、「観光に力を入れてまスッ!」という肩肘張ったかんじも見られず、静かな町だ。

2008032902

朝着いたが、人通りも殆どなく、田舎の朝に流行るモノといえば、医者。

2008032903

若桜の街の特徴は、この「カリヤ」と呼ばれる軒先。通りに面して大きく庇(ひさし)が伸びていて、庇の下が通路になっている。

2008032904

モノの本には火災対策とあるが、隣家と隣接していることに変わりはなく、どこまで効果があるのかは疑問。

というよりも、冬場積雪時の通路としては重宝したのではないだろうか・・・

2008032905

町から大分離れているのだが、この不動院岩屋堂は見もの。岩窟の中に建物がスッポリ入っているのが見えるだろうか?

2008032906

ちょっと変わった建築物だね。

2008032907

若桜は特にコレといった目玉もなさげな田舎の町ではあるけど、川の流れや街並みに引き込まれた川の水がさわやかな、ちょっとホッとする町だ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.05.08

慈光院茨木門再訪

大分前の写真だけどアップしそこねていたので。

仕事のついでに大和小泉の慈光院を再訪。

観光スポットになってしまっているが、空いている時に訪問できればラッキーなお寺。

2008012401

有名な茨木門。以前に訪問した時と比べて、茅葺が綺麗に刈り込まれている。ここは兎に角通路が狭い(下がれない)上に暗く、写真を撮るのが難しい。

2008012402

寺内からの茨木門。

当日は誰もいないのはいいんだけど、風が吹きすさび、さぶくてとても落ち着いて見ていられなかったので、早々に退散した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.11.26

美濃市(上有知)

連休最後の日曜日。一度行って見たかった美濃市(上有知)へ出かけた。

ここはかつて飛騨から下ってきた材木の集積地。美濃和紙と「うだつ」の上がる町並みが有名。

東京に出張に出た時、JRのポスターで印象に残っていた、霧にけぶる上有知湊の風景も見てみたかったので、5時に起きて出かけることにした。

名神を一宮まで出て、東海北陸自動車道へ。

途中の川島というSAを通過。ココが淡水水族館があるとこなのね。今回は通過。

美濃で降りると、すぐ着いた。小倉山の公園の駐車場に車を停めて、先ず湊燈台へ向かう。すっかり日が昇ってしまい、霧の風景には遭遇できなかった。


07112501

長良川に映る風景。

続いて燈台へ。


07112502

船着場を含めて、かつての遺構はあまり残っていない。未だ日があたらずに、暗めの写真。

小倉山の横を通って、古い街並みに向かう。


07112503

まだ朝早いから、店が空いていない代わりに、誰もいなくて静か。ただしこの道路は普通に車が通るので、気をつけて歩かないと、危ない。


07112504

07112505

07112506

この「うだつ(卯建)」が、どれだけ防火効果があったのかはわからない。各家にある解説でも、結構火事で焼けているので、装飾的な意味合いが強かったのだろう。

街並みも外れの方では、スーパーがあったり、普通の民家があったりして、なかなか「街並みを丸ごと保存」というわけにはいかないのは、当然のことだろう。

帰りに近くの大矢田神社が紅葉で有名らしいので、寄ってきた。


07112507

07112508

ここは兎に角人が多い。境内近くにまで車が停められている。

比較的見ごろ、といったところだろうか。建物は檜皮葺きの屋根が美しい。


07112509

ルーテシアは相変わらず調子よく走ってくれている。塗装にムラがあったり、部品の取り付けのチリが大雑把なところはご愛嬌。でも最近ドア内側の開閉用の取っ手がミシミシいうようになってきたので、取れてしまわないかどうか、ちょっと心配。違和感のあったATのシフトスケジュールは大分慣れてきた。

ポロの1.4リッターのモデルに、ゴルフと同じ6速ATが付いたりしてちょっと羨ましかったりはするが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.10.25

能登島へ

大分前、先月のハナシ。

会社の先輩が久しぶりに中国赴任から帰ってこられたので、「日帰りでどこかに行きましょう」と相談したら、何故か「能登島」とのことだった。取引先の人との話に出たらしい。

事前に調べてみて、ちょっと引いた。大阪からだと400キロコースだ。単純に考えると、沼津とか熱海とかいう世界だ。でもまぁ仕方ない。朝早く起きて、出かけることにした。

長浜以降の北陸道は初めてで、コレはちょっと楽しみだった。琵琶湖を離れると、中国道ほどではないが、ウネウネ道になって敦賀まで続く。中国道と違って、沢山車が走っているので、後ろの車の車間距離が短かったりすると、ちょっと緊張。石川県に入ると、左手に海が見えてきた。

当日は小松に何か飛行機がくるみたいで、出口渋滞になっていた。そのままひたすら金沢まで進む。

金沢西で北陸道を降りて、海岸線を北上。能登有料道に入る。料金設定がやたらと細かい。有名な河北潟の「なぎさドライブウェイ」に入る。ココは「試験に出る石川富山」で予習済とはいえ、気分はパリダカールラリーだ。車高の低い車だと、結構危ないかも。慎重に進んで、途中の屋台?でハマグリなど食べる。

07092301

海岸線は石川ナンバーの車ばかりだ。貝でも拾って、持って帰って食べるのだろう。海のすぐそばに停めているけど、錆びないのか他人のことながら心配したりする。

海岸を離れると、ひたすら田舎の道だ。七尾に入るまで、ホントに何も無い。

和倉温泉を目の前にして、能登島大橋を渡って能登島に入る。

しかしココも本当に何も無いが、ひたすら海はキレイだ。でも冬は寒いんだろうな。

07092302

水族館まで行って、昼ごはんを食べて、島の温泉に入って、帰ってきた。

ちょっと、疲れたけど、相変わらずクルマの調子は良い。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.02.13

大徳寺(その1)

京都の冬の特別拝観に、真珠庵が登場。早速出かけることに。

名神の京都南から西大路経由で大徳寺へ。この辺は悲しいかな仕事で慣れた道だ。

駐車場には待たずに入れて、出だしは上々。恥ずかしながら大徳寺は初めてだ。

開館予定の10時早々に行けば、多少は・・・と淡い期待をしたものの、真珠庵に行ってみれば、既にかなり並んでいる・・・

07021104

建物内は撮影禁止。さらに荷物も回収という徹底振り。中に入るとポイントポイントで係員が説明をしてくれているが、要は監視役を兼ねているのだろう。色々と事情はあるのだろうが、ちょっとね。

有名な「七五三の庭(東庭)」も冬だからだろうか、写真で見るものと比べて、何だか少し痩せて見える。

ただし、お目当ての茶室庭玉軒は、露地門へのアプローチや飛石の軽妙な配置、一旦土間に入ってから蹲踞(つくばい)を配置する工夫など、近世茶室の自由で繊細な工夫が満載。やぱし大いに見る価値のある名席であった。

受付の外から、方丈の屋根を。檜皮葺が美しい屋根だ。

07021103

真珠庵を出て、暫く西に歩く。今宮神社の参道を越えて、高校の先に、一度行って見たい孤篷庵がある。

今回は公開していなかったので、表門のみ撮影した。

07021106

周りは塀や垣に覆われて、中は見えない。門に近づくと、呼び鈴が鳴る手の込みようだ。公開されたときには、必ず攻略?したい。多分物凄く混むんだろうなぁ。

続く。

| | コメント (0) | トラックバック (4)

大徳寺(その2)

続き。

今回の特別拝観のもう一つの目玉の聚光院は、真珠庵以上に並んでいたので諦めた。

もう一院、特別公開の興臨院の方丈前庭(南庭)。

07021107

続けて瑞峯院の前庭を見ていただきたい。

07021108

重森三玲氏の作庭を否定するつもりは毛頭ないが、僕はかなり「煩い」と感じた。方丈を一周すると、もう少しストーリーが明らかになったり、北庭との静と動の対比といった意図が判ってくるのであるが、それが当初の印象をぬぐいきれるかというと、そうとも言えないと感じるのだが・・・

07021102

北庭は創建した大友宗麟にちなんで、石の配置が十字になっている。写真では少し判りづらいかも。

最後は龍源院。こちらの方丈前庭(南庭)も昭和の作庭。どうだろうか。僕は「タイプじゃない」

07021105

ここにはこれもまた昭和の作庭であるが、壺庭がある。どこから眺めるのが正解なのかわからないが、多分こちらから(南面から)が良いのかな?入ってくる光が意匠のように庭に映る。

07021101

ここまで観て、すっかりおなか一杯になってしまった。寒くて腰も痛くなってきたので、続きはまた今度観にこようと思う。

07021109

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.02.06

灘黒岩水仙郷(淡路島)

というわけで、DiMAGE A200を、行ってみたかった淡路島につれて行くことにした。

いつもの中国道から山陽道(神戸北線でショートカットする手もあったが)までは何の変哲もない高速道だったが、明石大橋を渡るところから、急に景色がよくなってきた。明石大橋は初めて。一面青い海が広がり、景色がすばらしい。

淡路島に入っても、神戸淡路鳴門自動車道からの景色は飽きない。この道はドライブには最適じゃないだろうか。

洲本で降りて、28号線(四国街道)まではよかったが、国衙を左折したあたりから、道がかなり怪しくなってきた。地方で軽自動車が多いのは、税金の面もあるだろうが、やはり広い道がないところが多いということもあるのだろう。島の外周までたどり着いたら、道幅はましになってきたが、今度は山坂道だ。誰もいないので、ここは結構楽しい。海べりの道をひたすら走って、到着。

近くの駐車場にとめて、無料のシャトルバスで行くことにした(直接水仙郷の駐車場に入ることもできるが、後で見たら、結構混んでいた)。シャトルバスの中での乗客の会話のコトバが、結構キタナい。四国から来た人達なのだろう(失礼)。

写真の腕はとにかく、海に向かって急斜面に咲く水仙を見ていただきたい。

06020402

06020403

06020404

06020405

撮影の時は、A200のバリアングル液晶が重宝した。

帰りは島の東側の海岸線に沿って走る道路経由で洲本へ戻ったが、海沿いの道はアスファルトでない上に、海に向かって傾いており、走っていても、気分がよろしくない。しばらく走ると山坂道に入るが、ここも道幅が大変狭く、結構危ない道だ。灘黒岩へ行くには、素直に島の南側から入る方が良いだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.01.29

高梁(岡山県)

久しぶりに出かけることにした。今回は片道200キロ近く、今までで最長距離になる。岡山県の小京都といわれる、高梁へ出かけることにした。お目当ては頼久寺の庭園。小堀遠州作庭という庭園はどんなものなのか、楽しみだ。

デミオで遠出は結構久しぶりかも。午前中に現地に入れれば空いていると踏んで、早起きして朝7時くらいに駐車場へ行ったら、案の定屋根からガラスから、ボンネットに至るまで凍っていた。ガラス部分は兎も角、屋根の上の氷などは全然とける気配がないのは、ちょっと気になった。

ナビさんにお伺いを立てて出発。いつも通り池田から中国道に入り、ひたすら西へ。最初は中国道へ入るのにも緊張したもんだが、今となってはすっかり慣れてしまった感がある。暫く走っていると、東条湖を過ぎたあたりから、周りに殆ど車が見えなくなってしまった。何というか、温泉を一人占めして入っているような、嬉しいかんじがする。

後はひたすら西へ、西へ。ここのところ暫く社用車を運転する時が多かったからか、ステアリングの感覚の違いが結構新鮮なかんじが。そう大して景色が変わるわけでもないので、運転に集中する。運転に慣れてきたこともあるのか、長距離を走っても、大分目が楽になってきた。前回三日月へ行った時に通った佐用を過ぎれば、間もなく岡山県に入る。

山の中から、一転盆地に入った。旧国名で言うところの作州(美作国)地方に入るのは、多分初めてだと思う。道路から見ている限りでは、それほど雪が深いわけでもなさそうだ。

津山に近づけば、多少は車も増えるのではないかと思ったが、それほど車は走っていない。岡山も東西に4分の3は走っただろうか、北房インターから岡山道へ入る。

このあたりは先ほどの北房(ほくぼう)、有漢、賀陽、と音読みの地名が多い。何か理由でもあるのだろうか。

有漢から一般道へ。気がつくと、ナビさんの音声が変わっていたのに気づいた(地方毎に別の声になる)。僕は近畿の女性の方が好みかな(バカ)。暫く道なりに走っていると、高梁市内に入る。明らかに車の数が増えて、市の中心部に入った。折角高梁川の横を走っているのに、城壁風の建造物が邪魔をして、川が見えない。入ってビックリ、一時話題になった「マスカット色」の道路標示にお目にかかった。確かに初めて来た人は驚いて目に入ってしまうね。

車を駐車場にとめて、紺屋川沿いの美観地区?を歩く。これが美しいのかどうかは、評価が分かれるのではないかと思うがどうか。季節が変われば、また風景も変わるのだろう。すぐにお目当ての頼久寺に到着した。

06012901

概観は寺というよりも、武家屋敷といった風情だ。長く代官所であったことも頷ける。中に入ってみる。やぱし誰もいない(ラッキー)。

06012902

書院の手前からの庭園の眺めを。建物で遮られているが、この右手奥まで庭園が広がっている。左手奥が有名なサツキの大刈込。どの地点から見ても、くの字型の庭園全景を目に入れることができない。

06012903

書院の先(東)の方から、来た方を見てみる。海に例えるなら、島の見える広い外海(左手)と、灯籠が灯る内海の対照がよくわかる。

06012904

書院の床のあたりから庭を臨む。恐らくこの辺りからの景色が一番良い眺めなのだろう。左手には、例のサツキの大刈込が迫る。画面の左上遠方に借景になっている山があるのだが、これ以上レンズを上げると、完全に逆光になるので、うまく写せなかった。

暫くのんびり眺めたいと思ったが、どうも今日は法要があるようで、人が沢山集まってきたようだ。程ほどにして退散することにした。

06012905

少し山沿いに歩いて、松連寺を眺めに行く(しかしこの町は墓が多い)。「男はつらいよ」のロケ地にもなったらしい。これが寺かという外観だが、有事には防御設備にするつもりだったのだろう。

少し歩き疲れたので、昼食をとって、そのまま帰ることにした。今度来る時は、装備を充分準備して、現存天守として最高峰に位置する松山城にも挑戦してみたい(かなり山道を歩かなければならないらしい)と思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.01.09

慈光院

先日の當麻寺のことをウェブで調べていた時に、片桐石州つながりで見つかったので、ちょっと出かけて見ることにした。

近畿道から第二阪奈道へ。このあたりはもうすっかり慣れた道、といったかんじだ。

中町ランプから富雄川沿いを南へ下っていけばいいはずだが、またもやナビさんが変な方向を指示してくれたおかげで、えらい細い道に入り込んですっかり迷ってしまった。狭い道で対向車が来るのは、相変わらず「待つ」のか、「行ったほうがいい」のか、状況判断が掴みにくい。

すっかり大和郡山の中心部に入ってしまったようだ。お城の堀の横を通りながら、お昼前に到着した。

駐車場があるはずなのだが、これがえらい狭い参道を通らなければならず、諦めて近くのショッピングセンターにとめさせてもらった。

その参道を徒歩で登り、右折すると(左側がかなり大きな駐車場で、3ナンバーのセダンがとめてあった。本当にこの狭い参道を登ってきたのだろうか・・・?)、門が見えてきた。

06010801

門に近づくと、延段の通路が早速左に直角に曲がっている。

06010802

山内は昼前とはいえ、光が木々に遮られて、大変寒い。

06010803

06010804

06010805

アプローチからすでに演出されているわけだ。慈照寺とかにも有名なのがあるよね。後から思い返せば、茨木門へのストーリーになっているんだね。距離の図り方が非常に効果的だ。で、その茨木門。文字通り茨木城(片桐氏がかつて在城していた)の門を移築したものらしい。茅葺の屋根が非常に風情がある建物だ。写真は午前中で、木々の間から光が漏れ入り、うまく写せなかった。

06010806

茨木門をくぐり、右手に今日の目的の書院を臨む。

06010807

玄関から受付に入ると、拝観料1000円(!)だそうだ。高いと思ったら、お抹茶込みでの料金とのことでちょっと納得。書院へ続く建物の中から茨木門を臨む。本来はこれと前の写真の、茨木門→書院入り口 というのが計画された入り方なのかもしれない。

06010808


06010809

06010810

書院から庭を臨む。午前中に来てよかった。誰もいないぞ。ちょっと嬉しい。写真でかんじがわかると思うが、屋根の先が視界に入ってきていて、左右の障子とともに、庭園の景色が「画」のように切り取られているのがわかる。また、立った時はあまり庭の風景が見えず、基本的に座って庭を見なさい、ということなのかもしれない。

06010811

06010812

抹茶をいただいて落ち着いた後で、奥の茶室(高林庵)を覗く。しかしこの構成では、客が床前につくことができないような気もするのだが、そういうのもアリなんだろうか・・・

06010813

06010814

もう一方の、閑茶室。至ってシンプル。しかし相変わらず写真の腕が悪いな。

06010815

広い縁から庭に出て少し歩く。ここも今は冬なので少し寂しいが、春になれば、景色がまた変わるのだろう。庭の先から書院を臨む。

午後からは観光コースの皆さんが沢山やってくるらしいし、何やら奥の方でも準備が賑やかだ(このお寺は懐石料理も出すらしい)。

誰もいない中でゆっくり見られて、大変幸運だったかもしれない。

帰りは無論、ナビさんを無視して、富雄川沿いを北上して帰った。

おまけに蹲踞(つくばい)3点。本当は4点あるのだが、残りの1点は立ち入りできない奥の方にあった(と思う)。

06010816

06010817

06010818

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.01.06

當麻寺

やらなきゃならんことは沢山あるのだけど、とりあえず新年一発目の現実逃避で、當麻寺(「たいまでら」と読むそうだ)まで出かけることにした。

近畿道(しかし昨年末和歌山に出かけた時もそうだったが、近畿道の横風はかなりキツい。)から西名阪で柏原で降りると、1時間ちょっとで到着。

調べるまで全然知らなくて非常に恥ずかしかったのだが、ここは建造物3棟+鐘楼1基が国宝という、かなり貴重な寺院らしい。

また山の北面に建てられたため、東側の門(東大門)が正式な入り口で、東西の塔は山の殆ど斜面に建てられている、ちょっと変わったお寺である(真言と浄土宗かけもちらしい)。

西塔と東塔。東塔は近づき方が分からず、中坊越しの景色。東西双方とも国宝、というのはここだけ。

06010301

06010302

本堂(曼荼羅堂)。これも国宝。

06010303

06010304

この写真を見てもらうと分かり易いと思うが、この写真は東方から西に向かって本堂を撮影したものである。写真で見て左(南)側に東西の塔が建つ。変わった伽藍配置であることがわかっていただけるだろうか。

続いて「鐘楼」。これも国宝。正直見たことのないカタチだ。白鳳期のものらしい。講堂や金堂も含めて、基壇の石組みが美しい。

06010305

続いて中之坊へ(有料)。ここは片桐石州作事の庭園と茶室がある。低い入り口から(入った瞬間の景色を想像して、)ちょっと期待させる。

06010306

中に入ってみると、東塔が借景になっていて、よくあるパターンとはいえ、やはり美しい。花や紅葉の季節になると、もっと違う風景が見られるのだろう。

06010307

庭の端から書院を臨む。杮葺の屋根が落ち着いた雰囲気を出して、ここが寺院であることを忘れさせる。中央の木の向こう側が茶室になっている。

06010308

双塔庵「丸窓席」。

06010309

06010310

更に南側の建物の先に、「ちょっと後から縁側を付け足してみました」とでもいいたげに。

06010312

二畳中板(畳と畳の間を中板で仕切って、炉が切ってある)の「知足庵」。

06010313

當麻寺は、昔の寺院がそのまま現代に残っているというよりも、白鳳期から残る建物、平安期に建てられた建物、鎌倉期に再建されたもの、近世以降整備された書院や庭園といった、建立以降の、時代の変遷が一箇所に映し出されているという意味で、興味深い場所ではないかと思った。

帰りは竹内峠越え(166号線)経由で帰った。この道は起伏に富んで、走っていて、なかなか楽しい道だ。近くに安藤建築の「近つ飛鳥博物館」もあるし、また来てみたいところだ。

年始一発目のドライブとしては、なかなか「当り」だったのではないかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.01.04

箱根

例年の年末イベントのために、大晦日は新幹線で移動。

折角なので、去年行った寄木細工の店とは別の店を訪ねてみることにした。小田原から箱根登山鉄道で、箱根湯本へ。所謂登山電車は、ここ箱根湯本から出ている。乗ってみたい気もしたが、先ずお店に行くことが目的なので、駅を出る。

05123102

ここはわかっちゃいるけど、大きな温泉町だ。恥ずかしながら、箱根湯本は初めての訪問。翌日は駅伝だからかどうかはわからないが、大変な人出だ。

05123101

ウェブで確認した地図を元に、歩く。道が狭い上に歩道が切れ切れで、非常に歩きにくい。元々歩く前提で作られた町ではないのだろう。狭い所に住宅や商業地が密集しているので、決して「美しい町並み」とは言えない。

05123103

少し迷ったが、無事到着。こちらのお店はかなり奥にあるので、徒歩ではおすすめできない。

05123105

小ぢんまりとした店内でひと時を過ごす。お店の方が、お茶と、木を組み合わせて模様にして、鉋(かんな)で削った「ヅク」を一ついただいた。これを木に貼りあわせるわけだ。なかなか大変な手間だね。

こちらのお店は、所謂定番の箱系に加えて、色々と新しい試みをされているみたいだ。寄木細工は一度見てしまうと、何となく同じパターンの物が多く、飽きてしまう印象を持つ人も多いのではないかと思う(じっくり見ていると、全然そんなことはないわけだが)。寄木細工ファンとしては、色々と工夫して、頑張って欲しい。

製作者の方の名前が小田原の店の人と同じ姓だったので、聞くとやはり親族の方らしい。箱根細工の本家本元はここからさらに奥の畑宿というところにあるそうだ。来年の楽しみにとっておくことにした。

05123104

マウスパッドを買って帰る。玉を転がしていると、模様が剥げてこないかちょっと心配だ。

小田原で軽く食事を済ませて、いつも通り横浜に入った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.12.26

12月12日 日曜日

香港三日目。

昨日の夜は、午前中は時間あるネ、なんて話をしていたけど、今日までおみやげらしいおみやげは買ってなかったので、いい加減買っていかないとね。

朝はホテルのチェックアウト。ところが例によって、先方の英語がチンプンカンプンで、自分が昨日少し体調崩し気味だったせいもあったのか、チェックアウトの手続きが終わったのがわからず、フロントマンとしばしにらめっこ状態。察した先方が「ひょうきん懺悔の部屋」よろしく手でバツのゼスチャ「オワリデス」とニコリ。結局最後まで聞き取れなかったナ。英語の件はまだ続きがあるのだが。

先輩が吉野家の牛丼が食べたいというので、Causeway Bay目指して歩きつつ、通りの吉野家に入る。香港では当然のように牛丼がある。吉野家の日本のメニューに加えて、香港の米風の麺の入ったようなモノやら(日本風にいうと「肉うどん」か?)、色々とメニューがある。

こちらのは別の味付けなのかな?と思ったりしたが、そのまんま吉野家の牛丼だった。久しぶりだね。まさか香港で食べることになるとは思わなかったよ。

後はそごうでおみやげの買い物。人気のある売り場は店員1人が2人、3人のお客さんをマルチタスクで処理することもザラで、とにかく店員をとっ捕まえないと始まらない。こちらの言うことは理解してくれているのだが、いざ買うときになって、なにやら奥から色々別のモノをもってきて、例のわからん英語でまくし立てられた(たれられた、というのは僕の主観なので、向こうからすれば、丁寧にお勧めいただいてりるのだろう)。どうやらあなたは今○○ドル以上お買い物をするとコレを差し上げます、さらに○○○以上ですとコレですよ、さらに・・・と言っているよう(に聞こえるかんじがする)だったのでゼスチャーで断ったら、露骨にイヤな顔をされてしまった。

ここのお店の人もそうだし、今まで行った食べ物屋さんの給仕の人もそうだけど、香港の人達はこの辺の割り切りがすごくハッキリしていて、慣れればかえってその方がスッキリキモチイイのかもしれない。もう皿に残っているものは食べないんならすぐ下げるヨ、注文終わったからダラダラしてないで早く会計してくれヨ、とせっつかれるというか、テンポが良いというか。僕は無論全然慣れないで、ただただ慌ただしかっただけだけどね。

さらに昨日下見したペニンシュラでチコレートを買ったら、もう何だかまるで1年分以上の買い物の労力を使い切ったみたいで、時間もそんなになかったし、何より早く荷物から開放されたい一心で香港駅に戻りチェックイン、エアポートエクスプレスの乗客になったのでした。

帰りは出国審査の時に、審査官にガラス越しに飛行機のチケットをバシっと突きつけられつつ睨まれて、心臓が飛び出しそうになったり(チェックインの時に同行の先輩と飛行機のチケットと取り違えて名前が違っていただけだった)、空港内の免税店のあまりの豪華な品揃えに(ここで買っておいた方がよかった・・・と)反省したり、帰りは日本が雨で飛行機が大揺れで死にそうになったりしつつ、無事帰国したのでした。

初めての海外だったとは言え、やはり体調の管理は大事。あまり無理せずに程ほどで楽しむのが無難。そのためにはやっぱりしっかり計画を立てて行動することが大切だよね。

相変わらず飛行機はヤなので、多分当分海外に行くことはないでしょう。件の先輩は「次(の飲み会)は台北に集合」とおっしゃっておられるけれども。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

12月11日 土曜日

ひどい状態で香港二日目。

幸い時差を勘違いして、早めにアラームが鳴ってくれたおかげで、集合時刻に送れずに起床。Causeway Bayに向かって歩き出す。香港は注意しないと本当に車に轢かれそうだ。寝ぼけてる場合ではない。

皆さんとそごう前で集合して、会社の事務所の近くで朝飲茶。朝(といっても10時をまわっていたけど)から飲茶なんて大層かな?、と思っていたら、何のことはなく、お店の中は朝から人で一杯。みんなモリモリ食ってる。少し感覚が違うんだね。というわけで僕も負けずに食う。飲む。

終わったら地下鉄でオクトパスカード(スイカの元祖みたいなプリペイドカード)を買って、二階建てバスに乗り込んで海底トンネルをくぐり、九龍半島方面へ。昨日のトラムもそうだったが、2階の一番前にかぶりついていたけど、前後左右の揺れが尋常ではない。しっかり手すりにつかまっていないと、すぐに目の前のガラスに頭を打ちそうだ。勝手知ったる香港の人達は当然1階に座っている。

僕が一番希望していた(そして皆さんは多分一番どうでもよかった)香港歴史博物館を見学した。

僕らが普通に持っている知識に加えて、香港人の香港観を知りたくて、どうしても見たかったのだ。まぁ、大分大層な展示もあったけど、中国観ではなく、香港独自の歴史観というのは、やはり割譲以降に醸成されたモノだということを再確認した(広く広州地域、という括りにすると少し違ってくるのだろうけど)。ただし返還以前と以降とでは、北京政府に対する付き合い方がより「現実的」になっていることは認識しておいた方がよいと思った。つまり香港人の中にも、「中国人の日本人観」というモノはハッキリ見えることを忘れない、ということ。

じっくり見てまわって、結構時間を使ってしまった。歩きながらTsimshatsui方面に向かう。この辺りは若い人が多い。例えて言うなら、アメリカ村っぽいかんじか。雑貨や着るモノの店の中に、やぱし携帯電話の店が多い。よーく見てたら、みんな新しい機種を使っているね。途中でワンタン麺の店に入ってエビワンタン麺を食べる。胡椒がよく効いている。お腹が空いているのもあって、おいしいね。

Tsimshatsuiから地下鉄で戻って、上環へ。山の方、南に向かって歩き出す。当然のことながら、登り坂がきつい。ダウンタウンもあれば、こじゃれた雑貨店が集まっている所もあって、ついつい立ち寄ってみたくなる。

暫く坂道を登って、目的の文武廟へ。中は線香の煙だらけでモウモウとしていて大変。天井にも蚊取り線香のお化けみたいなのが天井一杯に下がっていて、廟の中は扇風機がブンブン回っている。とても有り難味を感られなかったけど、一応お願いしてきたよ。

山と平行に、ヒルクサイド・エスカレーターが通るところまで出て、近くのバーでヘタッたオッサン4人ビールを飲みつつ体を休める。大分歩いた。この辺は結構オサレな店が多いね。

タクシーでピークトラムの乗り場まで。中環から来る二階建てバスは二階の天井がないよ。危ないなぁ。それにしても香港で第一の観光スポットだからか、すごい待ち行列。でも少し並べばすぐだって。観光客も多いけど、地元のカップルも多いね。

何往復か待ってたら、上から下りてきたよ。座った段階で既に椅子が傾いているみたいなんですけど。大丈夫かいな?と思ったら、発車。勾配が一定でなくて、途中からどんどんキツくなってくるんですけどー!?大丈夫なのコレ?半端な傾き方じゃないよ。

とか行ってる間に終点に到着。すごい、人ばっかだ。写真屋さんが多いね。あまり誰も頼んでいないみたいだけど。

夕暮れまでに少し時間があるので、しばし風景に見とれる。暑くもなく、寒くもなく、晴れていて遠くまで見渡せる。大きな貨物船が通るかと思えば、映画でしか見ないような古木造の船が一杯集まっている所も見える。そしてこの場所には香港人もいれば、一目でわかるような本土の人もいるし、インド系の人も良く見るし、ヨーロッパ人もいる(韓国人はあまり見なかったような気がしたけど)。多分日本の都会も段々こういうテイストになっていかなくちゃ、活気のある街になれなくなるのかもしれないね。

やがて夕暮れが近づいてきた。九龍半島側のビルも少しずつ灯りが灯ってきた。やがて100万ドルの夜景が目の前に。

04122602

04022603

いい時間になってきたので山を降りる。行きが半端じゃなかったので、当然帰りのピークトラムも半端じゃない。当たり前か。街のトラムにせよ、ピークトラムにせよ、これでよく事故が起こらないもんだ。タクシーでCauseway Bayまで戻って、今日中国本土から帰ってきたもう一人の会社の人と合流。

一週間中国にいたので曰く「日本食が食べたい」。てなわけで居酒屋風?の店に入る。

いつものメンバーで、普段の料理で、ロケーションがたまたま香港なだけ、的な感覚はちょっと不思議なもんだ。さすがに外地なので、普段のように暴れたりする人はいなかったけど。空調がかなり効いていたみたいで、少しお腹の具合を悪くしてしまった。

アルコールも程々のまま、地下鉄に乗ってTsimshatsuiへ。ペニンシュラホテルを下見(チコレートをおみやげに買っていかなくちゃ)しつつ、対岸に香港島を見渡せる、尖沙咀プロムナードへ。例えるなら山下公園あたりか。海の香がしつつ、香港島の夜景が一望できて、とても気持ち良い景色だ。鴨川程ではないけど、一定の距離ごとにカップルの皆さんがいらっしゃるところへちょいと割り込んで写真を撮ってみた。

04022604

帰りは定番の、スターフェリーに乗船。座っていると、風を受けつつ船に揺られて、夜景も上下している。楽しい風景を見ながらWanchaiに到着。バスでホテルまで行き、ホテルのバーで休みつつ、盛りだくさんの二日目はお開き。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

12月10日 金曜日

訳あって、香港に行くことになったのだ。

コトの始まりは去年、会社の人達と飲んでて、その中に香港駐在の人がいたんだけど、お酒の勢いか(その場の勢いで言わされたのかもしんない・・・)、「来年(つまり今年)必ず香港に行きますヨ」と言ってしまったらしい。確かにその香港駐在の先輩は、日頃からお世話になっている大事な先輩なので、キモチとしては行きたい、といのはあったんだけどね、キモチとしては・・・、自分が飛行機がダメで、海外に行ったことがないのを知ってて敢えて、時々「香港どないすんねん」というハナシをチクチクされてた別の先輩から、12月初旬がベストシーズンだと言われていたので、渋々計画することになったのだ。

とは言っても行くのはその時のグループ?の先輩達ばかり4人。しかもそのうちの2人は、中国での仕事の出張の終わりの日程を集合日に合わせてくる周到さ。結局大阪から2人で香港への道行になった。同道の先輩は、どうやら僕が幹事をしていた(させられていた)のは、僕が海外に詳しいからだと勘違いして安心しきっていた様子。すっかり不安一杯で朝の「はるか」で関空に向かった。

フリー日程のツアーでJALに乗って55kで2泊3日がOK、というんだから、随分安いという印象だ。ANAのパックだと50kでOK(一杯で予約できなかった)、というから、HISとかで頼むのと、オプションを加算していくと、そう大差はない。

関空は数年前に札幌へ出張に行って以来だ。相変わらず空港に渡る時の、下が一面海なのは怖くて馴染めそうにない。チェックインを済ませて、空き時間に朝食と駐在員のお子様向けのお土産を物色。本当は行きのコンビニででもポケモンのオマケ付きの食玩でも買えばよかったんだけど、少々寝坊で急いでモノレールに乗ったので、時間がなく、あるかもしんないと思ったが「コアラのマーチ」で妥協することになった。

両替は向こうの空港でするのがレート的にはベストらしいが、海外初めてで不安山盛りな気分から、こちらの銀行で先に両替。用紙の書き方から横に張り付いて見てくれて、両替の札の按配までアドバイスしてくれる親切さが身にしみるのは、向こうに行って帰ってからだ・・・

普段はどれだけ注意しても必ず引っかかる持ち物検査も一発でOK、緊張の出国審査も何事もなく(後から考えたら当然だが、当日はそんなことを考えている余裕はなかった)、機上のヒトになった。

相変わらず離陸時の気分は最悪だ。敢えて窓からの光景も見るのもやめて、じーと時間が過ぎるのをひたすら待つ。待つ。待つ。幸い行きは天候が良く、揺れも殆どなかった模様。JALに載っているのも不安を多少は和らげる効果があったのかもしれない。程なく香港国際空港に到着。

誰に聞いたのかは忘れたけど、初めて来日したとき、サッカーのラモスは「日本の空港は独特のニオイがして」、その匂いは後で醤油の匂いだとわかったそうだ。そんなハナシウソだろ、と思ってたけど、頭の片隅に残っていたので、空港で鼻をクンクン・・・敢えて言えば、香港国際空港はラーメンの匂いかな??敢えて言えばだけど・・・

満員のシャトルの中では既に広東語や北京語(失礼だが身なりからして本土のヒトなんだろうと想像する)が飛び交い、Bluetoothのヘッドセットで電話する人があちこちで見られる・・・香港に来たのだとここでまず実感。空港内は携帯電話の広告が多いね。キャリアではなく端末メーカーの。緊張の入国審査も問題なくパス、預けた荷物を引き上げた時に第一の衝撃が・・・

「空港職員」を名乗る現地の男の人が「アンケート」に答えて欲しいと同行の先輩に話しかけてきてて、先輩が無視してたので僕を見かけてスタスタと・・・怪しげな風でもなかったので荷物を手にしっかり持って返事をしようと思ったら・・・彼の話している英語がわからん!

事前に挨拶位は広東語で、と思ってCDを聞いて、三秒で「まぁ、英語が多少通じれば大丈夫」と諦めたんだけど、彼らの英語がサパーリ聞き取れん!!しかし僕の話す英語は理解してくれているみたいやんか!!とかなりのダメージ。アンケートらしいのは、彼がWindowsCEのハンドヘルドの端末に入力していたので、その画面を覗き込んで返答、その場で事なきを得たが、この先通じない(正確には僕が聞き取れない一方通行ってこと)のかと思うと不安でゾッとしてきた。

ゲートで旅行会社の現地スタッフを確認してエアポートエクスプレスの往復チケットを受け取り(結局現地のスタッフの人と会ったのはこれっきりだった)電車に搭乗。清潔でかんじの良い電車だ。一路香港駅へ。駅からホテルへ無料のバスが出ているところへ行くまでにちょっと迷ったが(香港の案内図は斜め45度からの鳥瞰図になっているところが多いが、これが現場を把握しずらく、とても見にくい。慣れの問題なのかもしれないが)、無事ホテルにチェックイン。香港の駐在員事務所を訪問して皆さんに挨拶、出張中のうちの一人と駐在員の先輩と合流して、一日目の夜が始まった。

トラムに乗ってハッピーバレーへ。古い路面電車は大阪にもあるが、コイツは全く別の乗り物だ。一階からグリグリ揺れる中を階段を登ったが、二階は半端でない揺れで、窓を開けて油断していたら本当に振り落とされそうだ。一面窓なので、ラッシュ時などはみんなどんな風に乗っているのだろうか。翌日に二階建てのバスの二階の先頭に乗ったんだけど、やはり手すりに本気でしっかり掴まっていないと本当に前のガラスに頭を打ってしまいそうだ。

ハッピーバレーで海鮮料理をいただく。エビがウマい。カニもウマい。マンゴープリンもウマかった。

そして後は普段の飲み会と変わらぬ光景が展開された。予想はしてたけどね・・・

04122601

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.07.26

 7月24日 土曜日

 夜は中々眠れなかったり、変な夢を見たりしたのだが、明るくて思わず目覚めて、ふと窓を見ると、何と海の向こうの島の稜線からちょうどご来光が。

04072401.jpg

 夕方がJR西日本のテレビCMみたいな夕方を期待して、期待はずれだっただけに驚き。思わずベランダに出てぼんやり。5時半過ぎ。おかげで6時から爆チューとか見られたりして(笑)。

 朝もゆっくり目に食事をとって、9時半頃出発。とりあえず鞆港へ向かって歩き出す。

 今日は昨日以上に暑い。町の西側の寺社を回ろうかと思ったが、さすがに中止。保存地域を通り抜けて、町の中を日陰を選びながら歩く。見たところコンビニもない(スーパーはあったが)。まるでこのあたりの時間は、もう何十年も止まっているかのようだ。途中で見かけた信用金庫はなかなかいいかんじの建物で、思わずハンコを持っていたら、記念に通帳を作ってしまったかもしれない。

 やはり暑さが尋常ではない。散策は一時間ほどで諦める。朝早目に大阪を出たら、日帰りも十分可能なエリアだと思う。そのままバスで福山へ。お土産等を駅で確保しつつ、撤収。

04072402.jpg

 鞆は全国区ではあまり知られていないようだが(立ち寄った喫茶店のノートにも、地元や関西圏の人が殆どだった)、のんびりできて良い所だと思う。温泉がなかったりはするが、歴史的な景勝地でもあるし、何度か大きな歴史の舞台にもなった土地だし、見るべきところは多いと思う。町は確かに都会の人間にとっては、コンビニが見当たらなかったり、結構不便ではあるが、その程度の不便であれば、それもたまにはいいんじゃないだろうか。何も買い物ができて、温泉があるリゾート地だけが旅行でもないと思うが如何?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

 7月23日 金曜日


 休暇を取って、ちょびっと旅行に。少しゆっくり目に起床、新幹線で福山へ。ひかりレールスターに乗りたかったんだけど、自動券売機ではレールスターかどうかわかんない。調べ直すのが面倒臭いのと、のぞみが早く取れるので、普通にのぞみで行くことにした。

 福山は統合されたが、ご存知NKKのお膝元。なので結構降りる人もいるのかと思ったが、降りた人はまばらだった。新幹線の改札も人が二人手で乗車券を回収。ヤル気のなさ100%な気がするのは、自分が関西の人間なことを自覚させる。地方はそんなもんだし、県庁所在地以外の都市というのは、たいがいそんなもんだ。

 福山は確か空襲があった筈なので、駅前は比較的余裕のあるレイアウト、と勝手に想像する。鞆港行きのバスを探す。15分間隔で出てることと、出発する時には座席がほぼ一杯だったのを見ると、比較的人が多いところなのかもしれない。無論この時間はおじいちゃんおばあちゃんで一杯。

 市の西側を流れる芦田川を渡って、川沿いに南下。大きな川だ。川を見ながら、この堤防では決壊したときが大変だな、とか、近くのバス停の「水呑」なんていう土地はかつてそういう被害があったのかな?とか旅行者の気楽な気分でまたまた勝手に想像したりする。バスは川を離れて一旦山の中を入ったと思ったら、突然左手に海が見え出した。目的地も近い。

 間もなく終点の鞆港に到着。バスを降りたら、体中が潮の香りに包まれる。お腹が空いたので、料理屋に入って食事。鞆は鯛の町なので、当然鯛を扱う店が多い。贅沢に鯛茶漬けをいただく。鯛というと、身がしまって歯ごたえのある刺身、という印象があるが、こちらの鯛は柔らかくて旨い。あとはご飯が旨ければ文句はないのだが、港町でそれを望むのはお門違い。ごちそうさま。

04072301.jpg

 というわけで行動開始。最初は対潮楼に上って瀬戸内海の景観を眺める。朝鮮通信使が絶賛するのも頷ける。高い所だからなのか、風が入ってきて心地よい。展示している資料を眺めたりしながら後にする。

 町の中は、さすがに住居は昭和以降の建物のように見えるが、商家は近世以降の古い建物だったりと、違った時代の建物が混在しているような雰囲気。戦前の町並みというのは、こんな感じだったのだろう。しかし昔の住宅は、軒先に思い思いの花の鉢植えを置いたり、壁に這わせたりしているんだね。それだけでも目を楽しませてくれて、暑さも多少は和らぐ。

 歴史民族資料館は、鞆で唯一の現代的なコンクリートの建物といったところか。港の北の小高い丘で、かつて鞆城があった場所にある。建物の割には展示物は今ひとつのような印象を受けた。コレはひょっとして、所謂一つのハコモノ行政の産物なのだろうか?

04072302.jpg

 丘を降りて、念願の鞆港へ。常夜灯へ。先客の若いお兄さんがさかんに写真を撮っていた。雁木はこんなに段差がゆるやかだったら、近世の西回り航路の大きな船だと停泊できたのだろうかとか、勝手に想像する。焚場は少し遠いみたいなので、暑いし今日は諦める。

04072303.jpg

 ここから北側に伸びる通りは景観保護がされていて、趣のある通りだ。旧家が石畳のせまい通路を挟んで並ぶ。もう少しお金をかければ、電柱なども地中に埋められたりして、もっと良くなるのだろうが、観光地化を進めると、それだけ人が来るようになるので、趣が失われてしまうことにもなるだろうし、難しいところだろう。所謂観光地化してしまうことは、地元で静かに暮らす人達にとって、ある意味覚悟のいることなのではないだろうか。

 と今日はくたびれてきたので、ここまでで旅館に入る。風呂に行ったら誰もいなかった。ラッキー。窓から見える瀬戸内海の風景が独り占めだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)